サブリースと賃料減額請求

不動産の総合コンサルティング 株式会社 土屋不動産鑑定事務所

不動産法 商事法 判例評釈

平成25年11月

サブリースと賃料減額請求

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  1. Ⅰ 問題の所在
  2. Ⅱ 事実関係
  3. Ⅲ 判旨
  4. Ⅳ 判決の意義
  5. Ⅴ 裁判例
  6. Ⅵ 学説の状況
  7. Ⅶ 私見

はじめに

近年、経済不況による賃料下落により、サブリース賃料減額請求事件が増加傾向にあり、不動産賃貸市場は課題及び問題点を抱えている。

本レポートでは賃貸借契約におけるサブリース契約の問題点に触れ、借地借家法のあり方及び課題について意見を述べる。

Ⅰ. 問題の所在

借地借家法第32条(以下、「法32条」という。)は、建物の借賃が、経済事情等の変動により他の借賃に比べ不相応になったときは、当事者は建物の借賃額の増減を請求できる旨を規定している。しかし、不動産業者が土地所有者の建築した建物で転貸事業を行うため、あらかじめ賃料額等の協議を整え、土地所有者が建築した建物を一括して賃借する契約(以下、「サブリース契約」という。)における同条の規定に関しては、適用の可否について議論があるほか、賃料自動増額特約の効力についても学説が分かれている。

そこで、本稿では、サブリース契約が法32条の適用があるとされた、最高裁判決(最判平成15・10・21民集57巻9号1213頁、以下、「平成15年判決」という。)と、適用が認められなかった類似判決並びに学説の肯定説と否定説を比較し、平成15年判決との相違について考察を行うとともに、サブリース法理の解釈について検討を行うものである。

Ⅱ. 事実関係

1 契約に至るまでの事実関係

XはYから、建物を第三者に転貸して運用するサブリース事業の提案を受け、昭和63年12月、Yとの間で、賃貸借予約契約書を交わし、本件建物を建築した。XとYは本件建物完成後の平成3年4月、賃貸借契約を締結し、Xは本件建物のうち自らの使用部分を除き、本件賃貸部分をYに引き渡した。この契約書には、本件建物完成時から3年を経過するごとに、10%の賃料値上げの賃料自動増額特約のほか、値上げ率等が不相応の場合は、協議の上値上げ等を変更できる本件調整事項が記載されていた。

2 契約後の事実関係

YはXに対し本件賃貸部分の引渡を受けた後、契約賃料を支払ってきたが、平成6年2月以降、賃料相場の下落を理由に賃料減額の意思表示をし、同年4月以降は当初約定賃料より低い賃料の支払いを続けた。これに対しXは、約定賃料と支払賃料の差額分と遅延損害金を敷金より充当し、Yに対し敷金不足分の補充と残りの未払賃料及び遅延損害金の支払を要求した。本件賃借部分の適正賃料は、鑑定評価によると平成6年4月時点で約定賃料の約50%、平成9年4月時点は約35%で、さらにYが受け取った転貸賃料も、約定賃料を大幅に下回るものであった。

3 裁判経緯の事実関係

本件の本訴事件は、XがYに対し、本件契約は法32条は適用されないことを論拠とした、敷金の不足分及び未払賃料の支払いを認めるものである。これに対し反訴事件は、YがXに対し、法32条1項に基づく賃料減額請求により、本件賃借部分の賃料の確認を求めるものである。一審では法32条は本件には適用されないとし、賃料の増額を認め、Xの本訴請求を認容し、Yの反訴請求を棄却した。原審は、Xの本訴請求を約3億円の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、Yの反訴請求を棄却した。その後、上記決定に対し双方から、法32条の解釈適用の違法を主張する、上告受理申立があった。

Ⅲ. 判旨

1 本件サブリース契約は、建物の賃貸借契約であることが明らかであるから、借地借家法が適用され、法32条の規定も適用される。

2 法32条1項の規定は、強行法規であり、賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないため、本件契約の当事者は賃料増減額請求権の行使は妨げられない。

3 Yは、法32条1項により、本件賃借部分の賃料の減額を求めることができる。そして本件減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約当事者が、賃料額決定の事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、賃料決定経緯及び賃料自動増額特約が付された事情、とりわけ、賃料相場との乖離の有無、被告の転貸事業の収支予測事情、原告の敷金及び借入金の返済の予定等の諸事情を考慮すべきである。

4 裁判官藤田宙靖の補足意見
本件は建物賃貸借契約であると推認するところから出発すべきである。本件否定説は、契約の背景の説明にとどまり、十分な法的説明といえない。したがって、上記1,2,3の法廷意見に立つ方が、法的安全性に沿うものであり、より柔軟かつ合理的な問題の処理を可能にするものである。

Ⅳ. 判決の意義

1 本件は、サブリース契約における法32条の賃料減額請求の可否問題について、最高裁としての判断をはじめて示したものである(*1)。

2 本件は、サブリース契約において法32条1項に基づく賃料減額請求が可能との判断を示し、最高裁としての統一的な判断を示したものである(*2)。

3 本件契約が、賃料自動増額特約、賃料保証特約を付すことを約し、土地所有者がこの特約を前提に建物を建築し締結されたサブリース契約であることが、法32条の適用を否定すべき特段の事情にあたらないことを、本判決は明確にしたものである(*3)。

4 単に、サブリース契約のみならず、借地借家法が適用される、土地建物賃貸借契約の賃料増減額請求全般に関する問題を解決したものである(*4)。

(*1)「判評」判時1844号39頁(2004年)。
(*2) 前掲注・(1)39頁。
(*3) 松並重雄「判解〔22事件〕」曹時58巻4号209頁(2006年)。
(*4) 松並・前掲注(3)213頁。

Ⅴ. 裁判例

サブリース契約は法32条1項に基づく賃料減額請求ができるか否か、同項の適用に当たって、いかなる事情を考慮すべきか等、裁判例は意見が分かれている(*5)。

尚、裁判例を以下の事件番号とする。

第1事件(本件事件、最判平成15・10・21日民集57巻9号1213頁)、第2事件(最判平成15・10・21判時1844号50頁)、第3事件(最判平成15・10・23判時1844号54頁)、第4事件(最判平成16・11・8判タ1173号192頁)。

1 法32条を否定するもの

否定された事件は、第1事件及び第2事件の、1審判決である。建物賃貸借の実態を備えていないとして法32条の適用を否定し、賃料の減額請求を認めていない。また、第1事件の2審判決においても、事業委託的無名契約の性質をもつものとして、法32条の適用を否定した。第3事件の第2審は当事者双方が解約の自由権をもつ契約であるとして、法32条の適用及び賃料減額請求を行使することができないとした。

2 法32条1項による、賃料減額請求を肯定するもの

第2事件第2審は、賃料自動増額特約契約は有効であり、特段の事情がある場合は、法32条による賃料減額請求を行使することができるとした。

また、本件第1事件、第2事件及び第3事件の最高裁判決は、いずれも当事者の合意内容に照らせば、サブリース契約であっても建物賃貸借契約であることは明らかであり、借地借家法が適用され、法32条は適用されるとした。したがって、サブリース契約にある賃料自動増額特約及び賃料保証特約は、法32条1項が強行法規であるため、適用は認められないとした。

さらに、第4事件の最高裁判決も、契約は建物賃貸借契約であることが明らかであるから、法32条が適用されるとしている。

ただし、第1~第4事件の最高裁の判決における特約の使い方や曖昧な総合評価には、やや精密さを欠く印象を受け、むしろ第4判決の裁判官である福田博の、サブリース契約は共同事業の利益分配契約であり、建物賃貸借の法形式をとっていても、法32条1項の適用を認めるのは相当でなく、事情変更の原則で足りるとする(*6)、との反対意見の方がはるかに理にかなって、説得的との見方もある(*7)。

3 法32条の適用はあるが、賃料減額請求を行使することができないとするもの。

第3事件の第1審は、法32条は適用されるとしたが、契約の賃料保証額が近傍同種の賃料との関連性に乏しいとして、賃料減額請求を認めていない。

(*5) 松並・前掲注(3)182頁。
(*6) 長久保尚善「判批」判タ1215号60頁(2006年)。
(*7) 内田貴『民法Ⅱ〔第2版〕』(東京大学出版会、2009年)202頁。

Ⅵ. 学説の状況

1 肯定説

肯定説の中心的な考えは、サブリースは賃貸借契約であり、法32条の適用があるとする。理由として、サブリース契約は土地所有者に対して借主が賃料を払うという行為を前提にした賃貸借契約の一つであり、法32条が強行法規であることをあげている。このように、サブリース契約は借地借家法に明確な規定はないが、強行法規と解せられている。肯定説を分類すると以下の通りとなる。

(1)サブリース契約は建物賃貸借契約であり、法32条の適用があるとする説。

法32条の適用の有無は、一方が他方へ建物の使用収益を許し、他方が一方に対価を支払うことになっているかで決まるはずである。ここで検討すべきことは、①ビル所有者は、不動産会社に当ビルの使用収益を許しているか、②不動産会社はビル所有者に対価を支払っているかである。①は、転貸することを目的に建物を賃借する契約に借家法の適用を認めないことは、転貸人の地位を不安定にし、転貸人の保護の観点から採用できない(東京地判平成4・5・25判時1453号139頁)ため、使用収益を許していることに問題はない。②は、不動産会社は、転貸人が見つからないときでもビル所有者に賃料を払うことから要件を満たしている。以上の理由より、不動産の事業受託について法32条の適用があることは当然である(*8)。

また、サブリース契約の契約内容は賃貸借の構成がとられ、当事者はこの法律構成により事業を行っている。契約書によって示されている契約内容がその解釈の標準となることは当然であり、このような貸主及び借主の関係に、借地借家法の適用があると認められる(*9)・(*10)。

さらに、サブリースの建物賃貸借契約書は、題名どおりの文面であり、賃貸借契約書でないとすることは無理がある。法律の文言にも立法過程にもサブリースの適用を制限する手掛かりはないため、法の適用を制限することはできないとする(*11)。

(2)サブリースは混合契約であるが、建物賃貸借の部分を含む以上借地借家法の適用があるとする説

不動産の事業受託は、基本契約の下に、請負契約・賃貸借契約がある複合契約といえる。この契約に民法の借地借家法の適用がありうることは当然である。よって、たとえ契約に最低賃料保証条項があっても、それは強行法規的性格を持つ法32条に違反し、法的効力をもたないため、借賃減額請求権の行使は可能となる(*12)。

(3)サブリース契約は事情変更の原則を根拠に賃料減額請求ができるとする説

民法上は、賃貸借契約の締結に際して、自由に賃料を決定でき、法律も賃料を統制していない。しかし例外的に民法の学説及び判例において、事情変更の原則が、継続的契約関係の賃料額において信義誠実の原則を根拠として承認されていることより、サブリース契約に関しては、事情変更の原則を適用すべきである。さらに法32条が強行法規としたときに、賃料自動増額条項が契約にある場合、借主からの賃料減額請求が可能か問題になるが、特約によっても、民法上の一般条項の適用を排除できないと解されている(*13)。

(4)サブリースは投機的賃貸借に当たるとする説

サブリース契約は単なる賃貸借でなく、賃料保証付の転貸型投機という類型の商行為の要素が付加されており、新たな典型契約類型の一つである(*14)。

(*8) 道垣内弘人「判批」NBL580号30頁(1995年)。
(*9) 近江幸治「判批」早稲田法学76巻2号81頁(2000年)。
(*10) 近江幸治「判批」金商1205号3頁(2004年)。
(*11) 清水俊彦「判批」判タ1039号35頁(2000年)。
(*12) 加藤雅信「判批」NBL568号19~24頁(1995年)。
(*13) 田山輝明『都市と土地利用』(日本評論者、2006年)123~130頁。
(*14) 金山直樹「判批」みんけん512号52頁(1999年)。

2 否定説

(1)サブリース契約を、①総合事業受託方式、②賃貸事業受託方式、③転貸方式の三つに分け、①及び②について賃貸借契約であることを否定するもの。

総合事業受託方式は、事業細部は委任若しくは準委任、請負、賃貸借類似契約もしくはこれら混合契約と考えられる。賃貸事業受託方式は、準委任、請負及び賃貸借類似の混合契約である。転貸方式は、賃貸借もしくは賃貸借類似契約と考えてよい。①及び②方式については、法32条の適用はなく、③の方式は、賃貸借の側面が強いため、法32条の適用が認められる(*15)・(*16)。

(2)サブリース契約の実態は共同事業であり、賃貸借契約でないとする説

サブリース問題を考える基本的な視点は、賃料保証契約には多様な類型があるということである。サブリース契約の賃借人は転貸事業収入を目的とするものであり、現実的利用を意図していない。利用を前提としていない共同事業が本質であるから、賃貸借の適用を否定してもよいこととなる。サブリースは不動産を利用したビジネスであり、金融を含めた競争事業である(*17)。

(3)サブリース契約の実態は事業契約であり、賃貸借契約でないとする説

サブリース契約における下級審の裁判例(東京地判平成4・5・25判時1453号139頁)では、単純に借地借家法の適用があるとする見解があり、法32条が適用されるのは当然との判決もみられる。しかし、サブリース契約は、事業的性格が強く、通常の建物賃貸借契約とは性格が異なるものである。法32条の規定はもとより、民法の規定も原則として適用されない(*18)。

(4)サブリース契約は不動産賃借権あるいは経営権を委譲して共同事業を営む旨を約する無名契約であるとする説

サブリース契約は、民法典の契約と異なる混合あるいは複合契約であり、一種の無名契約である。目的物の利用権の提供と、それに対する対価である賃料の支払を要素とする不動産の賃貸借契約と、本質を異にする。さらにサブリース契約の特徴として、共同事業型の継続契約性がある。この共同事業型契約関係は、損益分担条項が、共同事業の開始・存続のうえで重要性を有する(*19)。

(5)サブリースの賃借人は社会的弱者ではなく、大規模不動産会社を理由に借地借家法32条の適用を否定する説

サブリース契約において重要なことは、ある事態においてどのような合意が存在したかを確定し、これを前提としてどのような法的効果が賦与されるべきかを判定することである。サブリース契約の法的効果が、賃貸借契約に近いことは否定されるわけではないが、当然に借地借家法が適用されることにはならない。本件賃借人は、社会的弱者ではない生活基盤がしっかりした大規模不動産会社であるため、賃借人の営業の存続を保障する法32条を適用する必要性はない(*20)。

(*15) 澤野順彦「判批」NBL554号37頁(1994年)。
(*16) 澤野順彦「判批」リマークス22号49頁(2001年)。
(*17) 内田勝一「判批」ジュリ1150号60~61頁(1999年)。
(*18) 野村豊弘『新借地借家法講座〔第3巻〕借家編』(日本評論社、1999年)372頁。
(*19) 下森定「判批」金法1565号57頁(1999年)。
(*20) 鈴木禄弥「判批」ジュリ1151号94~96頁(1999年)。

Ⅶ. 私見

サブリース契約は転貸目的の契約であり、通常の貸主及び借主の建物賃貸借契約と異なるため、法32条の賃料減額請求が認められるか問題となる。

この対立の背景には、サブリース契約は賃貸借という法形式をとるものの、その経済的実質は、賃料保証により長期の契約期間の全部にわたる損益分配・利益調整が図られている共同事業であるという、特殊な性格を有していることがあげられる。そのため、法形式と経済的実質のどちらをどの程度重視するかが重要となってくる(*21)。以下、サブリースの法的性質、特約の効力、相当賃料額算定基準及び本判決の射程について私見を述べる。

1 サブリース契約の法的性質

サブリース契約に関する実務家の中心的考えは、サブリース契約はプロ同士のリスクを負った自由な契約であり、一度決めた契約は遵守しなければならず、変更は許されないとする。たしかに、賃料が上昇傾向にあるときには利ざやを稼ぎ、賃料が下落すると裁判による賃料減額訴訟を行うことは、サブリース業者の都合のいい解釈であり、契約を無視する考えと理解できる。

しかしながら、サブリース契約は賃貸借契約書を交わしており、文面から見ても賃貸借契約そのものと認められるため、借地借家法32条の適用があるものと解する。したがって、サブリース契約は、法32条の適用を受け、賃料減額請求が認められるものとする理由付けの方が、法的安定性・取引の安全に沿うものと考える。

2 サブリース契約における、最低賃料保証特約・賃料自動増額特約の効力

借地借家法が適用されるサブリース契約に、最低保証賃料条項が規定されていない場合には、法32条に基づき借賃減額請求権の行使は可能となる。また、最低賃料保証特約がサブリース契約に規定されている場合でも、法32条の強行法的性格より、最低賃料保証賃料を下回る賃料減額額請求権の行使は可能と考える。しかし、不動産事業受託取引がリスク保証的性格をもっていることを考慮すると、建物の借賃が不相応と認定できる場合は、極端な事態が生じたときに限られる(*22)とした理由付けの方が、合理性があるように思われる。したがって、いかに特約があったとしても、サブリース会社が支払う賃料と、サブリース会社が支払う賃料差額が、大幅な乖離がある場合は、特約は認められないものと解する。なぜなら、賃借人の会社を揺るがすほどの予測し得ない事態があり、それを救済し得ないことは取引の安全を損なうものであり、社会にとっても損失が大きすぎるからである。

但し、賃料減額請求ができる賃料の乖離の程度は、年率10%を越える賃料の下落等、特段の経済変動があったときに限られ、年率10%程度以下の賃料変動の場合は認められないと解する。この賃料10%程度以下という変動率は、サブリース以外の通常の相対賃貸借契約のケースと異なり、その率は2倍以上の格差のある変動率である。その理由は、サブリースが事業的性格をもった転貸事業であること及び経済自由の原則を基に、特約を交わした契約当事者の公平の観点から、借主にもある程度のリスクを負担してもらうことが必要と考えるからである。

3 サブリース契約における相当賃料額算定基準

(1)起算日

争点は、法32条の適用において考慮される経済事情の変動が、いつの時点と現在との比較を意味しているかである。本件原審は、減額請求がされた期の月額賃料に変更された時点から減額請求までの期間の事情の変化によって、賃料が不相応かどうかを判断して、減額請求を否定した。これに対して最高裁は、当事者が現実に賃料を合意した日以降の諸般の事情を総合的に考慮すべきとして、原審判決を棄却した(*23)。

この起算日の考え方については、最高裁の判断を支持する。なぜなら、かりに起算日を減額請求がされた期の月額賃料に変更された時点とすると、当事者はいつでも減額請求により、この時点を当事者の有利な時点に変更することが可能となり、恣意性が発生するからである。よって、現行賃料を決めた日である、賃料合意時点を基準に相当賃料を判断することが、公平の観点から妥当と思われる。不動産鑑定評価基準(以下、「評価基準」という。)においては、起算時点を明確に記載していないが、評価基準の解説の文面(*24)からすると、賃料の合意時点が本件の起算日になるものと考えられる。

(2)相当賃料

評価基準においては、相当賃料額算定基準を、代替可能な他の不動産の賃料及びその改定の程度並びに推移、動向を把握しなければならないとし(*25)、代替性の影響を重視している。

判例の一般的傾向は、当該賃料の性格、契約内容及び契約の経緯等を考慮していることである(*26)。建物賃料は、経済情勢の変化により経年が長くなるほど継続賃料と新規賃料の乖離が発生し、この乖離の調整が問題となる。裁判においては、相当賃料を不動産鑑定評価(以下、「評価」という。)において決定するが、この鑑定評価額(以下、「評価額」という。)も不動産鑑定士(以下、「評価人」という。)の考え方により格差が生じ、適正な評価が行われていない。裁判の相当家賃決定においても、原告・被告双方から出された、評価人の評価額の中間値を採用する例が多く、依頼者側の立場を有利にする評価額も見受けられる。したがって、当事者双方にとって適正な評価が行われているか疑わしく、専門職業家である評価人としての、研鑽及び倫理の遵守が必要と考える。

4 本判決の射程

本件判決が、バブル崩壊後の特殊なサブリース契約の中での判断とすると、射程の範囲もサブリース契約に限定したものと捉えることになる。しかし、最高裁の法32条の理解は一般的な賃貸借契約に関するものの延長線上にあり、現に最高裁判決が、地代の裁判で、借地借家法11条1項に基づく賃料減額請求権の行使を妨げるものでないとする判断(最判平成16・6・29判タ1159号127頁)をしていることからすれば、判決の射程はかなり広いというべきである(*27)。したがって、サブリース契約における射程の範囲は、サブリース契約に留まらず、借地借家法の契約全体にわたるものと理解できる。以上より、本件判決の射程の範囲は、サブリース契約よりやや広く、転貸契約という性格等を考慮すると、借地借家法全般よりやや狭い範囲が、本件射程の判断基準になるものと考えられる。

(*21) 副田隆重『コンメンタール借地借家法〔第2版〕』(日本評論社、2007年)244頁。
(*22) 加藤・前掲注(12)26頁。
(*23) 内田貴「判批」ジュリ別冊196号131頁(2009年)。
(*24) 大玉哲也=新藤延昭=勝木雅治『要説不動産鑑定評価基準〔改訂版〕』(住宅新報社、2003年)302頁。
(*25) 大玉=新藤=勝木・前掲注(24)303頁。
(*26) 澤野順彦「判批」ジュリ1150号63頁(1999年)。
(*27) 松岡久和「判批」金法1722号61頁(2004年)。