専門職業家におけるインサイダー取引の倫理規定と課題

不動産法 商事法 判例評釈

平成25年11月

専門職業家におけるインサイダー取引の倫理規定と課題

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  1. Ⅰ 本レポートの目的
  2. Ⅱ 法の目的等
  3. Ⅲ インサイダー取引規制対象者
  4. Ⅳ インサイダー取引の現状
  5. Ⅴ インサイダー取引規制と専門職業家の倫理
  6. Ⅵ おわりに

はじめに

近年、専門職業家が関わるインサイダー取引事件が増加傾向にあり、証券市場は課題・問題点を抱えている。

本レポートでは専門職業家(特に不動産鑑定士)におけるインサイダー取引の問題点に触れ、その倫理規定及び課題について意見を述べる。

Ⅰ. 本レポートの目的

弁護士、公認会計士、不動産鑑定士等の専門職業家は、業務において常に高度な倫理意識が必要である。本稿の目的は、近年インサイダー取引において、倫理を守らない専門職業家の違反行為が増加傾向にあるため、その実態を明らかにし、インサイダー取引に係る専門家の問題点を追究することにある。その上で、インサイダー取引の法制度のあり方について意見を述べ、いかにすれば専門職業家のインサイダー取引事件を防御できるか、その解決方法を考察することとする。

そこで、本稿はその手順として、①まず、インサイダー取引規制の目的を探り、規制賛成意見、反対意見を抽出し比較を行い、②次に、インサイダー取引規制対象者の把握、インサイダー取引違反判例からの検討を加えた上で、現状の実態を把握し、③さらに、その解決策を検討し、⑤最後に、専門職業家に対する、インサイダー取引違反への私見を述べることとする。

Ⅱ. 法の目的等

1 法の目的・改正の流れ

インサイダー取引とは、内部者、準内部者、更にそれらからの情報受領者が、情報を公表する前に上場有価証券を売買することを禁止したもので、違反者には刑事罰が科される。つまりインサイダー取引規制は、インサイダーそのものの禁止でなく、公表前は取引禁止であるが、公表後は取引可能という、インサイダーが保有する情報の使用に対する規制である(*1)。インサイダー取引の規制理由は、金融取引市場の公正性と健全性、一般投資家の信頼確保にあり、この点は多数の論者の考えが一致している(*2)。

日本では昭和62年のタテホ化学工業事件を契機に、立法化の動きが強まり、昭和63年5月に証取法が改正、公布された(*3)。その改正により、インサイダー取引規制が導入され、平成元年にインサイダー取引規制が施行された。その後徐々に規制の強化が行われ、平成16年の課徴金制度の導入、平成18年6月の証取法を金商法に改める改正が行われ、罰則強化が平成18年7月から施行されて、今日の金商法に受け継がれている(*4)。

金商法の実質的な最終目標は、国民経済の健全な発展と投資家の保護にあるが、金商法改正の際、金融商品の公正な価格形成等を図ることが追加されており、市場法としての性格をも併せ持っていることを明確にした点が特徴的である(*5)。

(*1) 太田亘「インサイダー取引規制」『会社法の経済学』(東大出版会、1998年)345頁。
(*2) 木目田裕『インサイダー取引規制の実務』(商事法務、2010年)3頁。
(*3) 河本一郎=大武泰南『金融商品取引法読本』(有斐閣、2008年)434頁。
(*4) 長島・大野・常松法律事務所『アドバンス金融商品取引法』(商事法務、2009年)9頁。
(*5) 日野正晴『詳解 金融商品取引法〔第2版〕』(中央経済者、2009年)8頁。

2 アメリカ法等外国法からの検討

インサイダー取引が最初に問題とされたのはアメリカであり、最も進んだ規制をしているのもアメリカであるといわれている(*6)。インサイダー取引の禁止範囲は、国によってさまざまであり、ヨーロッパ諸国では、日本やアメリカより広い範囲の取引を禁止している国もある(*7)。

中でもアメリカ法は、インサイダー取引規制において国際的に主導的な役割を果たしてきた。アメリカにおける規制の中心は、SECによる行政上の制裁であり、日本の刑事罰による制裁と異なり比較は難しい。

日本においては、平成16年の金商法改正により、課徴金制度が導入されたが、二重処罰の禁止規定との関係等、問題点が多い。かかる経緯より、日本のインサイダー取引規制の枠組みを考えるには、課徴金制度の適用があるものとして制度全体を考え、刑事罰の適用範囲・仕方について考えるべきである。いままで日本では刑事罰の制裁を念頭に制度が設けられてきたが、アメリカ等を中心とする諸外国の制度に目を転ずると、行政上の制裁手段が重要な役割を果たしていることがわかる。日本でも、課徴金制度が導入されたことを契機に、不公正取引の禁止の規制枠組みを抜本的に再検討することが必要である(*8)。

また、インサイダー取引規制には、法令規制と自主規制があり、金融商品取引のような専門技術的な分野は、起こってから罰する法律だけでは不十分であり、起こる前に予防できる自主規制が重要である(*9)。

(*6) 島袋哲男『インサイダー取引規制』(法律文化社、1994年)4頁。
(*7) 黒沼悦郎『金融商品取引法入門』(日本経済新聞社、2009年)133頁。
(*8) 梅本剛正『企業法の課題と展望』(商事法務、2009年)525~644頁。
(*9) 河本=大武・前掲注(3)438頁。

3 インサイダー取引規制への賛成意見及び反対意見

インサイダー取引は不公正のため禁止され、投資家の市場に対する信頼を害するから禁止される、と説明されているが、本来的には証券市場が機能を発揮するには投資家の参加が不可欠であり、投資家が不公正であると感じる以上は、インサイダー取引は禁止されるべきである(*10)。投資家保護の実現のための要件としては、①投資家に対する情報開示担保と制度の整備、②証券会社等の厳格かつ節度ある規制、③投資家保護を法的に担保する仕組みの整備、④投資家の損害回復の仕組みの整備、等が図られる必要がある(*11)。

また、学説及び海外の法制においては、インサイダー取引規制の趣旨について、その情報を知っていたら取引しなかったという点で、情報を知らない相手方との関係で詐欺的であることを根拠に規制に賛成という意見がある一方で、自己努力、単なる偶然及び情報量格差の場合にまで規制されるのは妥当でなく、規制に反対という議論がある(*12)。

具体的な、規制反対意見・賛成意見は以下の通りであるが、反対意見の論理は弱く、賛成意見が大勢を占めている。

(*10) 黒沼・前掲注(7)133頁。
(*11) 川村正幸『金融商品取引法〔第2版〕』(中央経済者、2009年)30頁。
(*12) 木目田・前掲注(2)2頁。

(1)規制反対意見

反対意見には、インサイダー取引は効率的な資源配分に役立ち規制すべきではない、という議論がある。例えば、①取引利益は会社がインサイダーに与える報酬であり、これによりエージェンシー問題は緩和される、②インサイダー取引は内部情報を資本市場に伝達する手段である、③インサイダー取引により株価が情報を反映し、証券市場が情報効率的になる、という理由により規制は必要ないと主張する(*13)。

また、インサイダー取引規制が株主と経営者の意思疎通を困難にし、過度に厳しい規制が効率性の高い企業運営を困難にしている、といった側面も指摘されている(*14)。

(*13) 太田・前掲注(1)346頁。

(2)規制賛成意見

賛成論拠は、①市場の公正の観点、②情報保有以外の投資家が損失を被ると予想して取引を控えるため、証券市場の流動化が失われ社会的損失が発生する、③会社役員が情報を利用して利益をあげるのは、会社に対する裏切りであり信任義務違反である、④情報所有者以外のものが、その情報を用いて取引することは、情報の所有権に対する侵害であり保護の必要がある、というものがある(*15)。

(*14) 浅野克己『現代経済論叢』(学文社、2000年)116頁。
(*15) 太田・前掲注(1)346頁。

Ⅲ. インサイダー取引規制対象者

規制対象者を分類すると以下の者が挙げられるが、このうち専門職業家の関わるものとして、金商法第166条1項4号にいう準内部者及び同166条3項の情報受領者がある。

1 法令に基づく権限を有する者(内部者)

内部者には、上場会社の役員等がその職務に関し知った場合等が当たる。

2 契約を締結・交渉している者(準内部者)

準内部者は、本稿のテーマ対象者であり、内部者ではないが、当該会社と契約している者に当る。監督官庁職員・取引銀行行員・公認会計士・弁護士・不動産鑑定士(*16)等が該当し、未公開情報を取得しうる地位にあり、規制の対象となる(*17)。法の趣旨としては、契約を締結している者又は契約の交渉をしている者は、有価証券の投資判断に影響を及ぼす特別な情報に関与しうる立場にあり、一般投資家があげることができない利益を得、証券市場の公正性、健全性を損なうため、インサイダー取引として規制したものである(*18)。これまでインサイダー取引といえば企業内部の事件と思われていたものが、外部者ではあるが、本来重い職業上の機密保持義務を負っている者が、巧みな手段で複数の企業情報について不正な取引を行ったという点に、事の重大性がある(*19)。

この会社関係者について、例えば、契約交渉に代理権を付与された弁護士が、雇用契約に基づきそれ以外の相談業務で重要事実を知った場合に、166条1項4号の会社関係者に該当するかが問題となる。条文の文言を形式的に解釈すると代理人に該当するため会社関係者に該当せず、かつ、需要事実を契約と無関係に知ったことより、166条1項1号の職務に関し知ったともいえない見解も成り立つ。しかし、弁護士が代理人に該当する場合であっても、同条1項1号の職務に関し知ったといえない場合には、同条1項4号の対象となりうる見解があり、その考えが安全であり妥当である(*20)。これは、同条1項4号条文の、当該会社の役員等以外のものを、1号に掲げるものであって当該業務等に関する重要事実を知ったものを除く、と読み替える考え(*21)、からきている。条文上の該当しない、との解釈は、金商法の予定するところではないとの意見(*22)もあり、会社関係者に当るとの見解が妥当と考える。

(*16) 「こんぷらくんのインサイダー取引規制」(東京証券取引所自主規制法人、2008年)4頁、また、金融庁に確認を取った結果、不動産鑑定士も金商法第166条1項4号に該当する者にあたる。
(*17) 太田・前掲注(1)347頁。
(*18) 服部秀一『インサイダー取引規制のすべて』(商事法務研究会、2001年)44頁。
(*19) 河本、大武・前掲注(9)458頁。
(*20) 松本真輔『最新インサイダー取引規制-解釈・事例・実務対応』(商事法務、2006年)52頁。
(*21) 服部・前掲注(18)27頁。
(*22) 木目田・前掲注(2)62頁。

3 情報受領者

情報受領者とは、内部者または準内部者から、その地位にいるため重要事実の伝達を受けた者である。この情報受領者にも専門職業家は該当する。

さらに、この情報受領者から伝達を受けた第二次受領者は、取引を禁止されないとされているが、外国にも例を見ない限定の仕方であり、立法論としては適当でないと批判されていることより(*23)、この二次受領者も取引を禁止されるものと考える。

(*23) 黒沼・前掲注(7)139頁。

Ⅳ. インサイダー取引の現状

1 インサイダー取引の増加原因及び現状

証券市場においては、インターネット取引の普及により、プライベートバンキング口座の悪用、M&Aの増加傾向が顕著である。当該会社の役員だけでなく、契約締結者である社外関係者及び情報受領者による悪用が問題となっている。その原因としては、会社の内部管理体制、情報管理体制の未整備がある。最近のインサイダー事案の傾向は、重要事実では、株式公開買付であるTOBがもっとも多く、業務提携がつづいている。その範囲も、地域的に広範囲となっており、国内地方都市をはじめ、海外投資家等も関与している。また、株価操縦や不公正ファイナンスとのかかわりも近年の傾向であり、単なるインサイダーに留まらず、複合的事案になりつつある。

2 判例の検討

契約締結者の関わった判例は多数あり、その主要なものは以下の通りである。

専門職業家がインサイダー取引をした判例としては、弁護士インサイダー取引事件判決(東京地裁判決平成9年7月28日判時1618号33頁)がある。また、知ったときに当るとされた事例として、証券取引法違反被告事件判決(最判平成15年12月3日最判集刑284号517頁)、(東京地判平成15年5月2日判タ1139号311頁)がある。

Ⅴ. インサイダー取引規制と専門職業家の倫理

専門職業家は、契約を締結・交渉している者(準内部者)及び情報受領者に当たり、インサイダー取引に関わる業務を行っている。ここ数年、企業の未公開の内部情報に接する機会の多い、公認会計士、税理士、マスコミ、印刷会社等によるインサイダー取引が摘発される事例が増加しており、不動産鑑定士も例外ではない。

インサイダー取引は小額のものであってもインサイダー取引違反にあたり、専門職業家としての倫理規定を遵守しなければならない。不動産鑑定士業界でも、以前から倫理規定は問題となっており、業界をあげてこの問題に取り組んでいる。しかし、経済不況で仕事量が減少している等の理由により、摘発までは至らないが、インサイダーに関わる事件が起きている。原因は、インサイダー取引規制の内容を知らない専門家が多いことにあり、金融庁や関係団体等も研修会で取り組みを行っているが、参加者は少なく、法への遵守意識を持っているものがどれだけいるか不透明である。

Ⅵ おわりに

インサイダー取引規制をめぐる立法論としては、商法学説の内部者等の規制の拡大、刑法学説からは、処罰範囲の明確化等が試みられており、さらに行政処分の確立により証券取引等監視委員会の機能・権限を強化することが先決であるとの指摘がある。このインサイダー取引規制のあり方をめぐっては、内部情報等、未解決の問題が多く、背景にはインサイダー規制の共通の理解が得られていない事情がある。今後は、これら諸問題について、国際的動向を踏まえ、規制に対する解釈論・立法論を展開する必要がある(*24)。そのためには海外、特にアメリカのインサイダーへの取組みの実態把握・規制法の研究が不可欠であり、これらを日本のインサイダー規制の実情にあわせた取り組みが必要となる。

再発防止についても、監視委員会、取引所、証券会社の連携による、監視体制をとる必要がある。また、刑事告発による課徴金制度等による社会的な制裁は効果的であり、情報管理体制を構築し、個々の社員にインサイダー取引の基本的考え方を植え付ける体制も不可欠である。

らに、インサイダー取引規制には、前記Ⅱ.3で述べた、反対論もある。たしかに以前には各国において、規制が弱いかまたは規制がなかった。インサイダー取引は資源配分にも役立っており、インサイダー取引規制は必要かどうかの議論もあるが(*25)、インサイダー取引により市場の流動性が減少するという論拠(*26)を支持する理由付けの方が、合理性があるように思われる。

今日インサイダー取引違反件数が増加傾向にあり、社会問題となっている。したがって、インサイダー規制を行い、証券市場の流動性を高め、取引を活発にすることが、取引の安全につながるものと考えられる。

専門職業家においても、高度な倫理規定を持ち、社会の安定に貢献しなければならない。専門職業家がインサイダー情報を知った場合には、株式売買を行うことはできず、更に第三者に情報を漏らすことは禁止されている。専門職業家が倫理規定を遵守するのは当然のことであり、不動産の鑑定評価においても、業績が悪化した上場会社のファイナンスを悪用した、現物出資における評価が問題となっている。増資の殆どが不動産の価格であり、適正な評価を行なわない場合、インサイダー取引につながるおそれがある。このような不当な評価を行った場合には、会社の財産基盤が損なわれ、多数の投資家に損害を与える恐れがあることより、証券取引等監査委員会においても、不動産の鑑定評価を注視している。

不動産鑑定協会では団体としての倫理を基に、個人である不動産鑑定士に法の遵守を求めている。今後、業界団体はもちろんのこと、個人の専門職業家は、倫理意識を持って業務を行うことが重要と考える。

(*24) 長井長信「インサイダー取引罪の解釈論をめぐる覚書」『宮澤浩一先生古稀祝賀論文集〔第3巻〕現代社会と刑事法』(成文堂、2000年)169頁。
(*25) 太田・前掲注(1)349頁。
(*26) 太田・前掲注(1)354頁。